昨日深夜「オードリー」若林から電話
オレ「どしたの?」
若林「くじらさんのブログ読んでるんだけどさ~」
オレ「うん」
若林「最近なんか売れてる人みたいにさ~そこそこ生活楽しんでますみたいな内容の記事が多いじゃない?」
オレ「いやそんなことないだろ、オレはいつも通り書いてるだけだよ」
若林「なんか旅行したりしてるじゃない、だからむかつくんで近々くじらさんの家に暴力を奮いにいこうかと思って電話したんだよ」
オレ「なんでだよ!!おまえどうかしてるぞ!!」
若林「ツーツー」
オレ「切れた・・・」
あいつ最近忙しすぎてどうかしちゃったのかなと思ったが次の瞬間すぐ疑問が解けた
あいつは元々こういう奴だった(笑)
K-1トライアウト2007で合格した、
当時、無名のお笑い芸人・春日くんが、
舞台裏でも、何も面白いことも言えず、
「一度も喧嘩をしたこともない」
性格にもかかわらず、
無謀な挑戦を繰り返すのを、俺は内心、
「例え、ここで壊されても平気な、
事務所にとっても、捨石の芸人で、
本人も、捨て鉢なのだ」
と思っていた。
売名行為としては、稚拙であり、
危険極まりない。
格闘家としての、未来があるはずもないのに、
それでも本格的に合宿に参加し、
練習試合を何度か経験しても、
まだ、そこから降りようとはしない。
“打算”のない漠たる無意識。
芸人として標を失くした、無軌道な存在に見えた。
最終的には、2007年8月16日のK-1有明大会、
客前で、10キロ以上体重差がある中国人選手と、
真剣勝負に向かう姿を見て、
「何故、やめないのか?」
理解に苦しんだ。
出稼ぎ中国人にとっては、
本業・お笑いなど、立場を理解できるはずもなく、
手加減などあるはずもない。
生身で猛獣の檻の中へ入れられるようなものだ。
また、ズブの素人である、
お笑い芸人に、そういう無茶なマッチメークを
客寄せとはいえ、許してしまうことも、
同じ芸人として、関係者としても、忸怩たる思いがした。
しかし、自分たちが、お笑いスタントマンであった、
ガンバルマンの日々を思い浮かべ、
「いつ死んでもいい」と覚悟を決めた特攻隊仕事、
芸能界がそういう”使い捨て”を許す社会であり、
また、噛ませ犬以下、ライオンの餌のような、
役回りもあるのだ、
と言い聞かせ、見て見ぬ振りを決めこんでいた。
それくらい、傍目から見ても、
究極の断崖絶壁であった。
あの江頭2:50だって、
窮地に自らを追い込むが、
その賭けの交換条件、代償は見据えている。
だからこそ、行動は世間の耳目を集め、
行為を劇場化してしまう。
ところが、春日は、まるで絶体絶命も、
“日常”であるかのように、”平然”としたまま。
無軌道、無意識肥大のまま、リングに立つ。
これほどの難所に、自分から望んで、
竦むことなく立ててしまう、
その不気味なビッグハートぶりは、
我が目を疑うほどであった。
そのK-1の後に、М-1があった。
準優勝ながら、
強烈なキャラクターの印象を残し、
その後の大ブレークとなる。
しょせん作りもののキャラは、
キャラに過ぎないから、
飽きられるのも早いだろう。
しかし、他のキャラ芸人とは違い、
春日は怪物的な鈍感力を持つ男だ。
まだ、今のキャラで消費されている部分は、
春日のポテンシャルにとっては少量、アソビにすぎない。
その常人らしからぬ底知れなさに、
中学時代から気が付いている、若林君が、
このモンスターエンジンの行き先、
今後のナビゲーションを決めていく、
プロのドライバーだ。
話を聞いていて、今のスタイルのネタ作りの過程で、
ラ・ママコント大会での、
赤信号の渡辺さんのアドバイスが大きかった話も、
なるほどな~と実に附に落ちる。
初期のツッコミとボケのズレのネタを見て、
「このネタはМ―1の決勝に行けるネタだ」
と断言したのは、リーダーの慧眼そのものだ。
収録後、飛び出しで、次の仕事へ消えていったが、
一緒に写真を撮りたかった……。
――それではまず、『みみずひめ』についてお聞きします。あらすじについて簡単に教えていただけますか。
「私がミミズに憑依するっていう話です。今年の干支であるミミズをモチーフにして、ミミズ1匹だけが66分ずっと出ている、っていうストーリーですね」
――いや、逆ですよね。ミミズが鳥居さんに憑依するという話ですし、内容も全然違うと思うんですが……。作中のセリフは、ご自分で考えていたんですか?
「途中の何個かに関しては、監督が『ネタ考えてくれよ!』とか言って、その場で考えなきゃいけない感じになりましたね。そのシーンを撮る5秒前くらいに、台本がいきなり変わったりするんですよ」
――藤田容介監督はどういう方でしたか?
「監督は、ちょっとシュールだけどいい感じの、これは万人受けしないだろうなあっていうところをあえて突いてきたりするから、すげえなあと思います。(漫画家の)杉浦茂さんのようです。私大好きです、杉浦茂さん。一見ポップに見えて、すごいわかりづらいことをやってたりするから、そこがちょっと似ているかなと思います」
――監督にはどういうふうに演技の指導をされたんですか?
「ミミズが憑依している場面では、できるだけぼーっとしててください、と言われました。私、普段の舞台ではすっごいメリハリ付いてるんですけど、それをやめてくれって言われました」
――やってみてどうでしたか。難しくなかったですか?
「なんか、楽でした。寝起きでも、口先だけでぼーっとしゃべってればいい感じだったので。まあ、寝てないんですけど」
――今後は役者の道に進みたいというお気持ちはありますか?
「そうですね。やりたいなあとは思いますけど、今までは変な役ばっかりだったんで、今度はもっと普通の、ヘドロ食べてる女子高生とか、網戸とサッシの間に挟まっちゃってる人とか、そういう普通の人の役をやってみたいと思います」
――次に、もう1枚のDVD『故 鳥居みゆき告別式 ~狂宴封鎖的世界~』についてうかがいます。こちらは昨年の単独ライブを収録したものですね。ライブはどうでしたか?
「なかなかチケットが取れなかったみたいですけど、私は、取れました(自慢げに)。私、あの会場に入ることができたんです。それだけでもすごいですよ」
――いや、鳥居さんのライブですからね……。
「私、あの単独ライブで、いちばん気に入ってるネタがあるんですけど、パントマイムのコントです。あれ、どう思いました?」
――そんなの、ありました?
「いえ、私、まだ1回もやったことないんです。作ってもいないし、そんなコントはないんですけど、それがすごくいいなあと思いました。あと、キャビンアテンダントのコント」
――それもなかったと思うんですが……。
「『アテンションプリーズ』のところがちょっと難しかったね。英語が難しいんで。何回も練習しました」
――ライブは、鳥居さんの葬儀という設定で行われて、会場に来るお客さんも喪服だったんですよね。
「そうです。喪服、もしくはそれにふさわしい服で。そしたらみんな、葬儀用の花束なんかを贈ってくれたのに、(カンニング)竹山さんだけが空気を読まずに、鮮やかな色のきれいな花を贈ってきたんです。『祝』って書いてあって。空気読んでくれよーって思いましたね。ありがたいんですけど」
――ライブ全体が葬儀をモチーフにしていて、コントの中でも登場人物が死んでしまうネタが多かったですね。これはひょっとすると、鳥居さんの中の死への願望を表しているのでしょうか?
「いえ、むしろ逆です。生への願望です。私のファンの人で『私も病気なんです』って言ってくる人がいるんですけど、そういう人が例えば『死にたい』とか思ってるときに、『がんばれよ』って気安く言ってもらいたくないと思うんですよ。私もそうだから、わかるんです。そんなときに私のネタを見てほしいんです。『やだなー、全部ダメだー』って思って励まされたくないようなときに、もう一層ちょっと下の部分に触れると見えてくるものがあるんです。だから、私のコントは必ず誰かしら死ぬんです。でも、それは死を侮辱しているわけじゃなく、生きたいという願望なんです。死をもって生を知るんです」
――なるほど、深いですね。
「まあ、全部ウソですけどね。ふっふー」
— livedoor ニュース - 鳥居みゆき激白「人が死ぬコントは”生への願望”なんです」
佐藤と温泉に行ったのですが
やってる側は細かいところもきっとあるのだろうけど
とても満足気だった佐藤を観て
こうあるべきなんだなと勉強して
普段「よだれメガネ」とか呼んじゃってるけど
やっぱり一つ年上の人なんだと
あらためて思いました
— オードリー若林の「どろだんご日記」:2006年07月 - livedoor Blog(ブログ)
本日も稽古場
春日と一緒にいるのも飽きてきました
しかし よく見ると春日ってかっこいい顔してるんですね
あ、上の文「ちょっと疲れてきたのかもしれない」が、如実に出た一文ですね
— オードリー若林の「どろだんご日記」:2006年10月 - livedoor Blog(ブログ)
* コント「ジャイアントコーン岸」
佐藤はファミレスの店員、岸はそこに来るお客さんという設定。
だが、岸は実は『ジャイアントコーン岸』という変態AV男優で、佐藤は会えて大興奮。
岸が注文するウィンナーやペペロンチーノに過剰反応したりと大暴走。
中学生レベルの下ネタワード(アワビなど)を連発。
(いい意味でどきどきキャンプらしい感じ)
— 2008-01-31 - 千歳船橋葱畑学園
「頭のおかしい変人なんです私」っていうアピールが過多な人って苦手なんです
本当に他人との差異で自分の感覚やばいなって思ってる人はちゃんと隠そうとするじゃないですか。
で、時々はみでちゃうっていうね。
そこが好きです
— 佐藤日記:2008年12月 - livedoor Blog(ブログ)
合同合宿から2ヶ月後、春日は同じトライアウト組の山本哲也と対戦。
1度ダウンを奪われ判定負けを喫する。
この時、芸人仲間と会場に足を運んだ若林は「いてもたってもいられない感じだった」と言う。しかし、リングに上がってきた春日は長い付き合いの中でも初めて見る顔をしていた。
若林:ムッとする春日の顔なんかあんまり見れないですからね。試合を見ていたら、終わった後で「何であそこで行かないの?」みたいなことは絶対言っちゃいけないと思いました。(略)変な疎外感みたいなものはありましたね。
この試合後、若林は春日に、もう「K-1」を辞めるように言う。
しかし、春日は首を縦には振らなかった。
春日:「男」の部分だけでやっていたところはありますね。そういう場を用意されたら、出ていかないわけにはいかないじゃないですか。
若林はこの頃の春日の心境を代弁する。
若林:「自分は自発的な人間じゃない」みたいなことをフワッとした感じで言うんですよ。(略)要は自分から一歩出せない、自分できっかけを作れないのが直らなくて悔しいって。
(略)
ホントにね、山本君との試合の後の春日は、ちょっと格好良かったですよ(笑)。
(最後の試合となったワン戦の最終ラウンドは)メチャクチャ手を出して、思いっきりカウンターを喰らって転がってましたからね(笑)。でも「もう寝とけよ!」って言うのに何度も立ち上がったり、倒されてゴロゴロ転がった後で振り返って相手を睨みつける春日を見て「こんな面があるんだな」って思いました。追い込まれて、追い込まれての人間の本性ですからね。
あの「M-1グランプリ」で「(自信が)なきゃ、ここに立ってないですよ!」と堂々と言い放てるメンタル面こそ、春日が「K-1」挑戦で手に入れたものだと、若林は言う。
若林:漫才をやってて、僕は調子が上がらない時もあるんですけど、春日はホントに一定なんですよね。
個人的にはこういった形での荒療治を正当化するのは好きじゃない。
事務所や周りの人間にとって、そういうのはある意味、楽で*2、失敗と成功の差も分かりにくく、安易な手段のような気がするからだ。
芸人を使い捨ての駒のように使っている感じもする。
実際は、本人が「(格闘技と漫才は)まったく別もの」というように本当は関係のないものなのかもしれない。
まったく次元は異なるが、サッカー元日本代表のオシムが、自分の何が起きても動じない精神力が、戦争を経験したことで高められたのではと問われ、こう答えている。
確かにそういう所から影響をうけたかもしれないが……。ただ、言葉にする時は影響は受けてないと言ったほうがいいだろう。
そういうものから学べたとするなら、それが必要なものになってしまう。
しかし、若林が臨場感たっぷりに語る、その戦いの記録はやはり感動的だ。
それにしても、当時の状況や心境を、本人よりも的確に言葉にし、春日から「丸々ね、同じことがいいたい」と言われる若林の表現力や客観性は改めて舌を巻く。
— 2009-01-31 - てれびのスキマ